不妊治療の辞め時:治療終了は、夫婦関係のトンネルの入り口でしかなかった

不妊治療の末、うまくいけば薔薇色の人生。でも、うまくいかなかったら?
不妊治療というジェットコースターは、いつかは卒業しなければいけない。
あなたは、いつかやってくる不妊治療終了の選択に向けて、いつ、どのような思いをもって決断しますか?

今回は、「流産・早産率70% 仕事と産み時の狭間で「想定外」人生ゲームの行方とは」でご紹介した今日子さんのその後をお伝えします。

不妊治療を前に進めることすらできない真っ暗なトンネル。

手術を終え、無事妊娠許可が下りた今日子さん。
満を持して体外受精に臨もうとしますが、どんなにホルモン補充を行っても
内膜が厚くなりません。
通常であれば生理開始から排卵期にかけて、子宮内膜はどんどん厚くなっていくはずなのですが、今日子さんの内膜は全く厚くならずに停滞したまま。
ホルモン補充の期間を限界まで伸ばしても、医師から提案された薬を服用しても、高級なサプリを飲み続けても、一向に内膜は厚くならないのです。

「当たり前のプロセス」と感じていた体外受精にさえたどり着けない現実。
自分の不妊治療は、前に進むことすらできないのか。

仕事だけではなく、不妊治療においても「想定外」の壁の高さに打ちのめされ、変えられない現実、そしてその現実を受け入れることのできない自身にどこまでも落ち込んでいくのでした。

誰かに助けてほしい。でも、誰にも言えない孤独

今日子さんは、不妊治療を相談できる人が周囲にいませんでした。
不妊治療自体はオープンにしていましたが、既に出産している友人は、「不妊の自分に相手が気を遣うんではないか」と考えてしまい相談することが出来ず。

今日子さんは2人目不妊のため、子供を望んでも授かれない人には今日子さん自身が気を使ってしまい相談できず。

30秒で診察が終わってしまうクリニックの医師には勿論相談することができず。

そして、既に子供がいるために第2子を望んでいなかった夫は「どうしてそこまでして子供を欲しがるのか」と、今日子さんの気持ちを理解してくれませんでした。

この状況から救ってほしい、助けてほしい。そう思えば思うほど、孤独の深さを実感するしかありませんでした。

自分自身ですら、不妊治療を続ける理由がわからない

今日子さんは何度も続く移植キャンセルの中で「こんなに苦しいのに、既に一人子供がいるのに、どうして続けるの?」という自問自答を繰り返していたといいます。

なんとなく、自分の人生設計には2人の子供がいたから。
第一子に妹弟を作ってあげたいから。
家族は多ければ多いほうが喜びも大きいから。

最もらしい考えながらも、どれも今日子さん自身にフィットした理由はありませんでした。

自分自身でも何のために続けているのかわからない。
わからないけど、とにかく不妊治療を続けたい。

治療が終了した自分は明日からどうなってしまうんだろう。悲しいことに、もう不妊治療はほぼ自分のアイデンティティになってしまっている。だから、不妊治療をやめるのが怖い。いつの間に、治療は私自身になってしまっていたんだろう。

キャンセルを重ねるごとに突きつけられる厳しい現実。最初は前向きに取り組んでいたけど、頑張る気力さえ削り取られていく。

そういった状況の中で、孤独な考えがぐるぐるぐるぐると、今日子さんの頭の中を回っていたのでした。

 夫婦関係に美談はない

遂に一人で抱えきれなくなった今日子さんは、夫と話し合いの時間を持ちます。
これまで感じていた孤独の事、自分自身では治療終了の決断が出来ないので夫に「治療をやめよう」と言ってほしい事、そして何よりも自分自身の決断が出来ないほどに追い詰められてしまった今の状況を受け止めてほしい事。
今日子さんはただ、抱きしめてもらいたかったといいます。しかし現実の夫は「わかった、じゃあ辞めよう」と言って寝室に行ってしまいました。

15年以上一緒にいる自分の夫は、本当はどんな人なんだろう

もともと積極的なタイプの今日子さんが引っ張り、温厚な夫がにこにことついていくスタイルだった今日子さん夫婦。今日子さんは夫の包容力にいつも感謝していたのです。
今日子さんが彼にリーダーシップを求めたのは、実は今回が初めての事でした。
当然、いつものように温厚な夫は受け止めてくれると信じて疑っていなかった今日子さん。
しかし不妊治療の辛い現実から救ってくれると信じて疑わなかった目の前の人は、何故自分を更なる深い闇に突き落とすのか。ただ今の苦しみに寄り添ってほしいだけなのに。
そういった絶望感しかなかったといいます。
何回かの対話の中で、夫は今日子さんに対して「これから自分に話をする時は、意見を聞きたいのか、抱きしめてほしいのか、どうしてほしいのかを具体的に教えて欲しい」と言われます。自分がどん底に落ちている時に、そんな説明からしなければならないのか。今後、夫婦に更なる困難が生じた時、まずは何をして欲しいのか、どうしてどん底の自分が夫に配慮しなければならないのか。
今日子さんは「これまで自分が考えていた夫の像」は、現実の夫の人格そのものとは少し違うのではないのではないか、と思い始めたのでした。
注意深く観察をしていると、夫は決して今日子さんを嫌っているわけでもなく、否定している訳ではないようでした。むしろ、今日子さんの怒りに対してどう対応していいのか、悩んでいる様子さえあります。
行間を読むコミュニケーションを自発的に取るのが苦手なのかもしれない。だから、いつもニコニコと受動的だったのだ。決して、包容力から今日子さんのリーダーシップを見守っていたわけではないのだ。
今日子さんは現在ではこのような結論に至っています。
何冊もコミュニケーションに関する本を読みました。過去を振り返り、思い当たる点が出てきます。今日子さんは、これまで自分が考えていた夫とはなんだったのか、混乱してきてしまいました。
しかしだからこそ、いつも活発でリーダータイプの今日子さんと受動的な夫は良好な夫婦関係を築けていたのかもしれません。
これまで同様、今日子さんは夫を愛しています。夫も(今日子さんの見立てでは)今日子さんを愛しています。だからこそ、これからも夫婦として歩んでいきたい。そういう気持ちに変わりはないと今日子さんは言います。
しかし一方で、今後、不妊治療以上の深い悩みを抱えた時に、
自分は夫によって更なる闇に突き落とされてしまうのではないか。
また、彼が何も言わずに寝室に籠ってしまったらどうしよう。夫婦としてきちんと機能するのか、という不安が残っています。
この人と一緒に人生を全うしたいと思う一方で、本当に一生を全うすることが出来るのか、そんな不安は一生残るだろうと今日子さんは言います。

乗り越える必要のない困難には、向き合いたくなかった

世の中に溢れている「困難を乗り越えた末に夫婦の絆が強まった」という美談。不妊治療の終わりも、こういった美談とともに語られがちです。しかし今日子さんは「不妊治療で浮き彫りになる夫婦関係の問題は、そんな簡単なものではない」といいます。
夫は、私の望む形ではないんですが、彼が彼の形で私を大切にしてくれているのはよくわかります。
それでも、これから夫婦の危機があった時にどう乗り越えていけばいいのか、今の私には不安しかありません。
不妊治療さえしなければ、こういった不安に直面する必要はなかった。
また、直面したとしても、もっと先の事だったでしょう。
経験する必要がないのであれば、こんな困難は経験したくなかった。
不妊治療に美談はない。長い不妊治療のトンネルの終わりは、夫婦関係のトンネルの入り口でしかなかった。
もし今、少しでも不妊治療について考えている人がいるのであれば、まず不妊治療を始める前に少しでも夫婦で話し合ってほしい。
そして、不妊治療が長引けば長引くほど、夫婦関係もこじれてくる可能性があるので、少しでも成功率の高い若いうちに、不妊治療に取り掛かってほしい、と今日子さんは感じています。